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2008年06月09日

仙石通泰ブログ28 Optimization 経営を考える「文明が飛躍する時」②

北京・上海での「日中危機管理学術交流セミナー」開催時に、四川省大地震が発生することは予測するはずもありません。しかし、お伝えしなければならない事を携えてきた私は、プレゼンテーションにも力が入りました。

当然、質疑では四川大地震の進行中の救援活動に対する評価も議論の対象となりました。北京・精華大学のセミナーで、ある中国人の先生が初期救援体制について、「まず空軍が航空機を出動させ、空から被害の全容を観察すべきでした」といった批判を述べられたことはちょっとした驚きでした。

中国の最高学府の教授が政府の対応を批判したのです。以前の中国では考えられないことです。しかも私の知人の中国人が「政府批判をやると受けるのです。ですから正統な批判か、受けるための批判か、よく考える必要があります」と囁いたのが印象に残っています。

今回の中国のセミナーを通して見た私の観察は、やはり中国は急激に変化してきているな、というのが偽らざる実感です。経済の急成長が注目されていますが、中国社会が経済発展と同時に情報公開やIT革命への対処など大きく変貌を遂げようとしているのです。

ただ誤解していけないのは巨大な中国を日本と同レベルで考え、評価することです。今回の大地震は四川省を中心に広大に被害が広がりました。震源地の汶川県映秀鎮という村は人口1万人、死者7700人と伝えられています。村人口の8割近くが犠牲となりました。

マグニチュード「8」に修正された大地震の余震が782回(発生日から5月22日までの10日間)で、マグニチュード「5」以上の地震が27回。死者・行方不明者は8万6954人、負傷者37万4031人、家屋倒壊21万6954棟、被災者類計は4616万0865人(6月初め現在)という途方もない数です。

中国は14カ国と国境を接し、国境の総延長2万4000キロメートル、そのうち2000キロほど国境が不確定です。13億人の人口は世界最大、55の少数民族だけで1億2000万人いるそうです。未だ古来の生活様式を守る奥地の少数民族と世界の最先端を行く高度技術、上海の高層ビル群との落差はわれわれ日本人の想像を超えます。

しかしセミナーでの中国人研究者は私がこれまでに参加したどのセミナーや講演会のどれよりも真剣で、プレゼンテーションのスクリーンを凝視している姿は緊張感にあふれていました。私の話を陳潔華先生(華東師範大学教授、リスクマネジメント研究)が流暢な日本語で通訳してくださり、コミュニケーションにはなんの支障もありませんでした。

2008年05月26日

仙石通泰ブログ27 Optimization 経営を考える「文明が飛躍する時」①

5月12日、久しぶりに中国へ行ってきました。北京空港に着いて日本へ携帯で電話したら、その直前に四川大地震が起きたことを知りました。犠牲者の数は日を追って増え続け、5月22日現在、確認された死者数が5万1151人、行方不明者も2万9328人に達し、合わせて8万人を超えたと中国政府が発表しています。

負傷者は約29万人、家を失うなどして避難している被災者は約500万人と数字を見ただけでも桁違いの巨大災害で、胸がつぶれる思いです。温家宝首相が地震発生直後に現地入りし、追って胡錦濤国家主席まで被災地に姿を見せたことでも大災害に立ち向かい、国民を救済する国家指導者の後へ引けぬ姿勢と決意が伺えます。

中国は日本からの救援隊を他に先駆けて受け入れましたが、発生から時間が経ってしまったため、残念ながら生存者を救出することは叶わなかったようです。しかし医療救援隊の活動は刻々と中国国内でもニュースとして報道され、日本の支援に感謝の声が高まっています。

何と言っても逸早い救援対策と力強い復興を祈り、期待したいものです。日本は可能な限り政府もNGOも支援を続け、この未曾有の地震災害がきっかけで日中友好や相互理解が進み、互いの信頼感が確固たるものとなれば不幸中の幸いといわねばなりません。

中国にはわが三技協の関連会社が9年前にでき、仕事でよく行きますが、今回のような非常時に訪れたことはもちろん初めてです。上海や北京などは経済成長を続け大国・中国のイメージですが、一方、近代文明から取り残された奥地の遅れた生活とのちぐはぐな状況を目にして本当に中国の指導者は大変だなあ、という実感がこみ上げてきます。

しかも今回の地震は内陸部の奥で発生、古い家屋が全滅した地域があります。余震で未だ危険は去っていません。被害の拡大はメディアを通じて知るのですが、国が大きいだけに緊急対応は想像以上に困難だろうと想像しています。震災から日も経たず、被災地が遠いせいか北京では災害の悲壮感とか緊張はあまり感じられません。

今回の訪中は、高梨智弘先生(日本総研)が会長をしておられる日本危機管理学会が中国の大学と共催した「日中危機管理学術交流セミナー」に招かれ、Optimization 経営について報告することが目的でした。なにしろ北京の名門・清華大学と上海で有名な華東師範大学という最高学府、学術研究の場でしたが、三技協のOptimization-wareには関心が集まり好評でした。昨年、アメリカとフランスのニースで発表した時とは違った雰囲気でした。

中国はもの凄いスピードで変わりつつある、というのが今回の訪中の実感で、この変化についていけるかどうか、IT革命で生き残ることができるかどうか、企業家として多くを学んだ旅となりました。

2008年05月09日

No.26 経営の最適化を考えるOptimization  デジタル文明の始まり⑤

葉桜が眩しい4月14日、自民党の石原伸晃議員とお会いする機会をいただきました。社内誌『れいめい』のカバーストーリー、リレー対談の企画です。国会議事堂の裏手に建つ衆議院第一議員会館の7階に石原議員を訪ねました。

石原議員は小泉政権で行政改革・規制改革担当大臣、第二次小泉内閣の国土交通大臣を務められた実力派の政治家で、自民党内では幹事長代理、政務調査会長を歴任した若手のホープです。周知の通り石原慎太郎東京都知事のご長男で以前は日本テレビの記者でした。

ジャーナリスト出身の大変気さくな方で、慶応義塾大学の後輩、しかも少林寺拳法3段という武道家です。私も慶応大学時代、柔道をやっていたこともあって、お会いするなり打ち解け、なんだか同窓会の仲間のような気楽な会話となりました。

三技協という会社を簡単に紹介し、グループウエアとしてのサイバー・マニュアルによる経営の見える化を実践してきたこと、これからの社会では国家戦略としてのOptimization が必要ではないか、と自説を披露しますと石原議員はとても共感してくださり、霞ヶ関の官僚の話をされました。

「社内の状況や知識がウエブを通じて瞬時に分かる、ということは凄いですね。私が先輩の会社に実際に見に行って知り合いの大臣に話します。あなたの役所に導入したら…と言ったら役人のコントロールに四苦八苦している大臣はきっと飛びつきますよ」とおっしゃった。無論、社交辞令でしょうが、カンの鋭い政治家です。

実際にOptimizationを導入する、という話になりますと特に官庁では「でも、できません」とやらない理由をまず並べ立てます。私の話に石原議員も同意され、「新しいことをやろうとすると、官僚はあなたは大臣なんだからそんなこと言わないでください、と真面目に怒るんです」と大臣時代の経験を話されました。

小泉内閣が進めた行政改革、規制改革担当大臣であったこともあり、今の日本が直面している問題点をよく把握され、三技協のOptimization経営を高く評価してくださいました。「先輩のやってこられたことは『官』にとっては脅威なのでしょうね」と言われたことが強く印象に残りました。

2008年04月11日

No.25 経営の最適化を考えるOptimization  デジタル文明の始まり④

出版記念パーティを、という声が周囲から上がったとき、「そんな大層なこと」と尻込みしていた私ですが、多くの方々のご友情をしみじみと実感し、しかも私自身の思いのたけを仲間の皆さんがよくご存知なのだということをつくづく知らされた一夜となりました。

お笑いになるかも知れませんが、私は意外とシャイな性格だと思っています。ずけずけモノを言う割に自分のこととなると引っ込み思案になりかねない。でも周囲が背中をおしてくれたお陰で楽しいパーティが開けました。多くの友人知人に支えられて今日の自分がある、ということを改めて実感できました。

出版を実現してくださったのは、かんき出版社長の境健一郎社長ですが、あいさつで原稿の追い込みに入ったとき「仙石さんはもの凄いエネルギーで原稿を書きすすんでくれました」と話し、発売1か月で重版になったことを報告してくれました。

コンサルタントの世界では広く知られています倉重英樹さんが乾杯の音頭をとってくれました。倉重さんは現在、RHJIインダストリアル・パートナーズ・アジア社会長であり、知る人ぞ知るITビジネス界の大物です。

10数年前から知己を得て、いろいろご教示いただいた方ですが、3年ほど前、三技協のCyber Manualを見ていただいたらとても評価してくださいました。乾杯のあいさつでも「情報は伝達ではなくて共有するもの。情報の共有が「知」を生みます。その意味でこの仙石さんが開発されたCMは経営のプラットフォームです」とおっしゃった。

倉重さんご自身がお話になったことですが、このような「知の共有」による「見える化」の経営がIT技術により可能になる。近い将来、必ずそうしたIT技術を駆使した経営が主流になる、と語っていたことをよく覚えています。倉重さんの示唆が今日Optimization経営となって実現できたということの意味を改めてかみ締めている私です。

社外取締役をしているモースさんは「三技協のOptimization-wareはアメリカの大学のビジネス・スクール(経営大学院)が正当に評価してくれました。これはマイクロソフトよりIBMより凄い。日本の企業が21世紀にもう一度、国際競争力をつけたいと考えるなら三技協のOptimization-wareを使いなさい」と激励してくださったのもありがたいことでした。

2008年04月01日

No.24 経営の最適化を考えるOptimization  デジタル文明の始まり③

出版記念パーティは米倉誠一郎さん(一ツ橋大学院教授)と塙野(こうの)ひろ子さんのコンビの司会で始まりました。冒頭、発起人を代表して島田晴雄・千葉商科大学学長が挨拶しました。前回も書きましたが、島田は高校生の時から「シマダ」「ツウタイ」と呼び捨てにする仲です。

「ツウタイは昔から俺は日本を変える、いや、世界を変えるんだ、と大言壮語していたのですが、どうも今回、ツウタイが三技協で開発したCyber Manualは大変な発明です。ツウタイを知る私にとっても大変な驚きです。あの、ツウタイが…、人間とは思わぬ進化を遂げるものだなあ、と。確かにツウタイが会社のスタッフと開発したOptimization というソフトの発明は間違いなく世の中を変えます」

不良で劣等生だった私が経営についての本を書いた。しかも先端技術を全面的に取り入れた革新的経営を具体的に実践した、という事実に対する優等生・島田の驚きが本音として飛び出したあいさつでした。「通泰」を「ツウタイ」と音読みで呼び捨てた高校時代の、昔馴染みの親しさを表現した島田のあいさつは、ざっくばらんの仲間の会を期待していた私にはとても嬉しかった。

周知のとおり島田晴雄は労働経済学の世界的権威で、慶応義塾大学大学院経済学研究科にて博士課程を修了後、米国留学しPh.D.(労使関係学)を取得、母校の慶応義塾大学経済学部教授として長年、教鞭をとり、東京大学先端科学技術研究センター客員教授、内閣府の特命顧問、富士通総研理事、テレビのコメンテーター、トヨタのCMに登場するなどマルチタレント的な学究です。第一次小泉内閣で民間から入閣を要請されたが、研究を優先したいため断った、という秘話があります。

「ツウタイの発明が本当に日本を変えることになるでしょう。しかも『1行で会社を変える』ことができる。すごいことです。大学というところは実際、内部コミュニケーションがなかなか取れないところで、ツウタイの会社が発明したソフトで大学経営を改善したい、取り入れたいと思っています。ぜひ皆さんにもお勧めしたい」

酒が入ってムンムンし歓談で盛り上がったところで米倉さんがジャーナリストの櫻井よし子さんをステージに呼び上げ一言。櫻井さんもスタッフ同士のコミュニケーションを取るのが難しく、事務所に掲示板を掲げたが、CMはそのウエブ版でとても大切な開発です、と強調されました。

2008年03月24日

No.23 経営の最適化を考えるOptimization  デジタル文明の始まり②

出版記念パーティが2月26日になったのは、その日しか会場が空いていなかった、という単純な理由ですが、72年前のこの日に革新派青年将校によるクーデタがありましたね。その226事件とは何の関係もありませんが、ただ歴史は予期しない展開を見せます。経営の最適化とはデジタル革命と切っても切り離せません。いわば経営革命なのです。

このパーティは私にとって忘れられない夜となりました。ことの是非は別として正義感に燃えた若い将校たちが政治家と財閥の癒着、腐敗や深刻な不況に手を拱いていた重臣を非難し激しく変革を求めたことは否定できない事実でしょう。今の日本もまた出口なしの不透明な状況でデジタル革命が音もなく急速に進行し、変革を求めているのです。

「地味にしてね」という私の気持ちを発起人や準備の人たちに話していたつもりですが、当日は予期しなかった人々から豪華な花輪がどっさり会場に届き、いやがうえにも華やいだ雰囲気に包まれました。ロス五輪で金メダルに輝いた山下泰裕さんからの花はお出でくださった方々によく見えるように会場入り口に飾りました。

三技協の社員も初めての体験に心もち緊張している様子でした。島田(晴雄・千葉商科大学学長。同期の誼で呼び捨てをお許しください)と話し込んでいるところへ参議院議長・江田五月さんがお見えになりました。国権の最高機関の長が顔を見せてくださったのには訳があります。

三技協の創業者、私の父が江田議長のお父さん、日本社会党を指導した江田三郎先生と昵懇でした。その縁で江田三郎先生は私の結婚式に顔を見せてくださり、来賓として祝辞をいただいたのです。そして昨年10月12日、東京のホテルで「江田三郎没後30年・生誕100年を記念する集い」が開かれたとき、私も参列させていただきました。

江田議長は島田に会うといきなり歓談を始めたのです。旧知の仲でした。人の縁と絆を改めて実感しました。この日、江田議長は外国要人の歓迎祝賀会が議長公邸で開かれそのホスト役なのに、秒を刻むような多忙な中、お祝いに駆けつけてくださったのは感激でした。パーティには165人が参加、会場は超満員となり、活気溢れ和やかな雰囲気で進行しました。

島田とは慶応高校時代、私の名「通泰(みちやす)」を「ツウタイ」と音読みにする仲です。同期の中では誰をも寄せ付けないダントツの秀才で、しかも冷静、観察力の鋭い男でした。絵を描かせば天才です。私は劣等生ながら不良仲間を率いて威張っていました。秀才と不良が結構仲良しで、その島田が発起人代表として挨拶してくれたのですが・・・。

2008年03月06日

No.22 経営の最適化を考えるOptimization  デジタル文明の始まり①

08年米国大統領選挙という一見、本Blogのテーマとなんの関係もないアメリカの政治と日本の地方都市の名前が、同音ということだけで急接近した。インターネットの仕業です。以前には決して起こりえなかっただろう事象が社会を、時代をどんどん変えてゆきます。

これが現在進行中のデジタル革命です。私は人類史的に見て新しい“デジタル文明の始まり”とさえ言えるのではないかと思っています。公的機関も私企業も近年、流行のNPOもOptimizationを意識し、組織を円滑に運営してゆくために近い将来、わが社で実践しているようなOptimization-Wareを導入するときが必ず来ます。

福井県小浜市で突如起こった“オバマ現象”を笑い話で済ませてしまうのか。いや、これは新しい社会現象だ、と捉えるかは研ぎ澄まされた時代感覚の差です。オバマ現象は長崎県雲仙市でも起きました。小浜温泉です。それを週刊誌が小浜市と一緒にグラビヤで取り上げたのです。二つの“オバマ”の町は大統領選にあやかり町の宣伝に役立ちました。

「小浜温泉は、熱量、温度ともに全国1位を誇る。温泉街の名物は海鮮具材とあっさりスープが特徴の『小浜ちゃんぽん』」と『週刊ポスト』(3月14日号)が書き、観光協会に投票箱が設置され、街の19ヶ所でオバマ候補への応援の募金箱が置かれている、と紹介した。宣伝費としたらおそらく1000万円以上の価値があるでしょう。

冒頭、“デジタル文明の始まり”と大上段に振りかざしましたが、経営者はこうした社会に起きている新しい現象に敏感であるべきではないかと考えています。私が推進していますOptimization経営とは企業活動のあらゆる分野で「最適化」を考え、意識的に経営に取り入れてゆこうという呼びかけなのです。

またまた宣伝か、と言われるようで恐縮ですが、昨秋、出版した『社員の「1行報告」が会社を変える』(かんき出版)に書いた「経営の最適化」とはまさに到来したデジタル社会へ企業経営はいかにあるべきか、を模索している私自身への問いかけでもありました。

出版の反響は想像以上に大きく、しかもかなり好意的な反応でした。新年に入ると友人や知人が出版記念パーティをやろう、と言い出しました。そんな事、気恥ずかしいから止めてくれ、と最初、尻込みしていたのですが、「本を書き世に問う、ということはわれわれプロのモノ書きにとっても大事業なのです。取り分け処女出版は本を書いた本人が誰よりも嬉しいし、周囲の受け止め方も違ってきますよ」というジャーナリストのアドバイスを素直に受け止めることにしました。

高校のクラスメートだった島田晴雄・千葉商科大学学長や日ごろから親しくしていただいてる米倉誠一郎・一ツ橋大学教授らが発起人となってくださり、<仙石通泰著『社員の「1行報告」が会社を変える』出版を祝う夕べ>は2月26日夜、外国特派員クラブで開催の運びとなりました。
今回の画像は、お出でくださりました江田五月参議院議長と友人の島田晴雄学長です。

2008年03月04日

No21 経営の最適化を考えるOptimization 「部分最適」と「全体最適」⑩

民主党のオバマ候補が出馬当初から本命と見られていた知名度抜群のヒラリー候補を抜いてトップに躍り出ました。2月5日のスーパー・チューズデー以降、首都・ワシントンDCはじめウィスコンシン州、ハワイ州と勝ち進み、2月22日現在、9連勝しました。出身地ハワイ州では得票率76%とヒラリーの24%を断然、引き離し、世界中の視線が若い黒人の大統領候補に注がれています。

「オバマ氏」と「小浜市」~日本海に面した福井県の人口3万人の地方都市が、あっと言う間に国際的な知名度を得ました。名前が同音というだけで小浜市にオバマ応援団が生まれたことを面白がって続々と海外から取材陣が小浜市入りしています。

世界が注目する08年米国大統領選挙の一風景、オバマ・ブームにあやかろうという小浜市長や市民の魂胆は見え見えでしょうが、この珍現象、Optimization 経営のヒントになると私は見ています。日本のオバマ騒動の経過を簡単にふり返ってみます。

イリノイ州選出のオバマ上院議員は2006年12月に訪日しました。空港で入国する際に入国審査官が「OBAMA」の名前を見て、「私はOBAMA出身です」と一言、ジョークを言った。これが発端でした。日本に「OBAMAという自分と同じ名のCityがある」事をオバマ本人が知りました。

アメリカに帰ったオバマ議員はラジオでこのことをしゃべったら日本人の大学教授が聞いて、小浜市長宛てにメールをしたのです。村上利夫市長はすぐ手紙を添えた特産の「若狭塗箸」をオバマ氏に送った。オバマ饅頭や「アイ・ラヴ・OBAMA」のTシャツが売りに出された。海外メディアが報道したことで、一躍、小浜市は国際的に知られるようになりました。ハワイの党員集会でも小浜市のことが話題になったそうです。

たった一言のジョークがきっかけとなり、情報が一瞬にしてグローバルに駆け巡るインターネットが米国大統領選挙と福井県小浜市を結び付けました。しかもこの繋がりが大きな政治的意味を持つことになるかも知れません。

小浜市は北朝鮮に拉致された地村保志、富貴恵さん夫妻の郷里です。もしオバマ当選となったら「小浜市」とホワイハウスの結びつきはさらに確固たるものとなって、米国大統領の拉致問題に対する認識もぐんと深まるでしょう。

今日(3月4日)のテキサス、オハイオ両洲の予備選挙日にはCNNの取材スタッフが小浜市入りして全米生中継をやるという情報もあります。インターネットはこんなところでも思わぬ展開を見せ、それが社会現象や政治にも影響してくるという事実、経営発想も従来型から抜け出る必要があろうかと思います。


2008年02月08日

No20 経営の最適化を考えるOptimization 「部分最適」と「全体最適」⑨

前回のBlogでも指摘しましたが、08年米国大統領選挙は、民主党のヒラリー・クリントンとバラク・オバマ両候補が激しい接戦を演じ、勝敗の行方は混沌としています。注目されていました2月5日のスーパー・チューズデー以降、オバマが7連勝、トップに立ち、ヒラリーは劣勢になってきました。

なぜ無名に等しかった黒人議員のオバマが知名度ナンバーワン、クリントン大統領のファースト・レディだったヒラリーを追い抜くことができたのか。今回の選挙戦の目立った特長として言えることは世界を席巻しているインターネットという時代背景です。

オバマ陣営の選挙戦術は挑戦者としての「選挙戦の最適化」を追究しました。ウエブを利用して若いオバマの「変革」というイメージつくりの成功、選挙組織の最適化、そして選挙資金の大衆カンパです。ことしにはいって1月だけで3200万ドル(約34億円)にのぼる資金が集まったと報道されています。

特に1月8日、ニューハンプシャー州予備選でヒラリー候補に敗れた直後は実に17万人がインターネットを通じて献金したそうです。オバマを支援する熱い想いが即、大衆カンパという形で、選挙資金が集まった例が過去の大統領選挙にあったのでしょうか。まさにインターネットが成せる業ではないかと思います。

民主主義を大衆の意思の反映とするならばこの現象はインターネットが選挙戦に驚異的なパワーを発揮している証左です。そしてそれが候補の人気と結びついたとき、勝敗に大きく影響してきます。ご存知の方も多いと思いますが、象徴的なエピソードが起きました。

福井県小浜市にオバマ候補を応援する勝手連ができたというのです。村上利夫小浜市長が若狭塗りの夫婦箸と激励の手紙を送り、“オバマ饅頭”や「アイ・ラヴ・オバマ」というTシャツが小浜市で売られはじめたのです。同音同名の悪乗りなのでしょうが、小浜市を一躍有名にしたのです。

面白がってフランスのAFPやイギリスのロイター、アメリカのAPなどの通信社、それにニューヨーク・タイムスの記者まで小浜市入りしたとなると福井県の“オバマ騒動”が世界的になり、あっという間に小浜市の知名度は国際的になって新たな展開が始まります。この話はOptimizationを考えるうえで、ヒントとなるような気がします。

2008年01月31日

No19 経営の最適化を考えるOptimization 「部分最適」と「全体最適」⑧


2008年は世界が大きく変わる年になると思います。お隣りの韓国では昨年12月の大統領選挙に圧勝したハンナラ党、前ソウル市長の李明博(イ・ミョン・パク)が2月25日第17代大韓民国大統領に就任します。3月22日には台湾で総統選挙が行われます。

2000年、国民党を破り華々しく登場した陳水偏政権への失望感から国民党が政権を奪還する可能性が大きい。そしてアメリカでは1月3日のアイオワ州党員集会、1月8日のハンプシャー州予備選挙で、08年大統領選の幕が切って落とされました。

共和、民主両党とも予想とおりの混戦模様となって全世界が固唾を呑んで注視しています。民主党ではヒラリー・クリントンとバラク・オバマが激烈な戦いを繰り広げており、どちらが通っても米国初の女性大統領か黒人大統領となるという歴史に無い戦いの構図です。

日本でもナショナリストと言われた安倍政権から福田康夫首相の政権となって、がらり様相が変わりました。参議院では野党の民主党が第一党、参議院議長は民主党の江田五月、参議院の政治的重要性が飛躍的に高まる“ねじれ国会”で政局運営が難しくなっています。

北京オリンピックや洞爺湖サミットも予定され、2008年は歴史を大きく塗り替えるかもしれない年となりそうな予感がします。こうした急激な変化を加速しているのがIT革命と言われている先端情報通信技術の飛躍的な進歩であると私は考えています。

WASP(ワスプ、White Anglo-Saxon Protestant)で東部エスタブリッシュメントと呼ばれる白人中心の政治が崩壊寸前です。ケニア人を父に、辺境ハワイで生まれジャカルタ 育ち、という若いオバマに集まる爆発的人気の背景にウエブという隠れたパワーがあります。

オバマにはインターネットを通して100-200ドルという大衆のカンパが続々と集まり、9000万ドルと言われるヒラリーの選挙資金を上回るのではないかと言われています。候補者の討論はYouTubeという映像共有サービスを使い、投票者へ直接語りかけることが現実となっています。

世界最強の国家の権力者を選ぶ政治イベントにインターネットが決定的な役割を果たしつつある。韓国でも台湾でも同じです。その事実に気づいている日本人がどれほどいるでしょうか。情報通信技術の飛躍的進歩が世界を劇的に変えつつあるという現実を直視しませんか。

それは私が過去、数年、追究してきましたOptimization経営と本質的に同じ視線ではないか。世界も私個人もことしは刺激的で面白くなりそうです。