明治維新で近代国家を目指した日本は農業立国から富国強兵策で国家事業としての産業振興に成功し、軍事大国となりました。日清、日露の戦争を経ていったん列強の仲間入りを果たしましたが、大東亜戦争(日米戦争)に敗北し明治天皇制国家が崩壊しました。
しかしアメリカの後押しもあって戦後復興めざましく、日本を工業大国にならしめるため、有効に働いた手段は当初は官民にわたる集中的な投資と労働力でした。国民的技術力の向上意欲は凄まじいものがあり、1960年代後半、工業大国の道を驀進しました。
それが20年ほど前(1990年前後)から国内外の経済環境の激変、混沌に戸惑いながらも21世紀の国家像や産業のあるべき姿について議論が高まりました。国家を問う全体最適論は国民一人一人にとって有意義だったと思います。
そして見える化によるイノベイティブ(革新的)な生産方式が他国の追随を許さない立場に多くの日本の生産業を導いたのです。日本の加工業者を支えた力がナレッジ(知識)であることを経営戦略論で著名なピーター・ドラッカーは多くの著書で唱えていました。
ドラッカーら未来学者は、時代が工業社会から情報社会さらに知識社会へ移行している事を指摘し、それを実感してきたのもこの20年間でした。日本のイノベイティブな生産方式が知識を基本においたものであると気がつきナレッジマネジメント理論を構築したのはアメリカです。
米国は官民にわたる積極的な情報と知識への投資と労働力の育成に努めながら新たな価値を創造することに成功しました。シリコンバレーにおけるIT産業の勃興やウオール街の金融技術の向上がその成功を代表しています。
もっとも利益追求に走りすぎたサブプライムローンの問題でマネーゲームが崩壊し、世界的金融収縮を招きました。現在は反省期に入っていますが、アメリカの根源である、価値の創造性という点ではまだまだ学ぶところがあるように思います。
農業社会から工業社会への移行期に起こったように、工業社会から情報社会への移行期には市場が急激に拡大しました。この移行期における市場拡大のインパクトは広く、大きく、複雑なもので政府、産業界、学界、あらゆる人々が事態を理解しきれず困惑し当惑しました。
自民党の瓦解的敗北はこの困惑の終わりを物語っているように思えます。有権者は混沌からの脱却を願って民主党に投票した。混沌がすぐに治まるとは誰も思っていないでしょうが新しい規律を望んでいるのです。待ち望んでいるだけでなく自分たちがそれぞれの部分最適を全うすることで新しい全体最適をもたらすと考えているのだと思います。
私は為政者にリーダーシップを期待していません。 実直なオーガナーザーであることを望んでいます。
