About デジタル文明の始まり

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デジタル文明の始まり アーカイブ

2008年03月06日

No.22 経営の最適化を考えるOptimization  デジタル文明の始まり①

08年米国大統領選挙という一見、本Blogのテーマとなんの関係もないアメリカの政治と日本の地方都市の名前が、同音ということだけで急接近した。インターネットの仕業です。以前には決して起こりえなかっただろう事象が社会を、時代をどんどん変えてゆきます。

これが現在進行中のデジタル革命です。私は人類史的に見て新しい“デジタル文明の始まり”とさえ言えるのではないかと思っています。公的機関も私企業も近年、流行のNPOもOptimizationを意識し、組織を円滑に運営してゆくために近い将来、わが社で実践しているようなOptimization-Wareを導入するときが必ず来ます。

福井県小浜市で突如起こった“オバマ現象”を笑い話で済ませてしまうのか。いや、これは新しい社会現象だ、と捉えるかは研ぎ澄まされた時代感覚の差です。オバマ現象は長崎県雲仙市でも起きました。小浜温泉です。それを週刊誌が小浜市と一緒にグラビヤで取り上げたのです。二つの“オバマ”の町は大統領選にあやかり町の宣伝に役立ちました。

「小浜温泉は、熱量、温度ともに全国1位を誇る。温泉街の名物は海鮮具材とあっさりスープが特徴の『小浜ちゃんぽん』」と『週刊ポスト』(3月14日号)が書き、観光協会に投票箱が設置され、街の19ヶ所でオバマ候補への応援の募金箱が置かれている、と紹介した。宣伝費としたらおそらく1000万円以上の価値があるでしょう。

冒頭、“デジタル文明の始まり”と大上段に振りかざしましたが、経営者はこうした社会に起きている新しい現象に敏感であるべきではないかと考えています。私が推進していますOptimization経営とは企業活動のあらゆる分野で「最適化」を考え、意識的に経営に取り入れてゆこうという呼びかけなのです。

またまた宣伝か、と言われるようで恐縮ですが、昨秋、出版した『社員の「1行報告」が会社を変える』(かんき出版)に書いた「経営の最適化」とはまさに到来したデジタル社会へ企業経営はいかにあるべきか、を模索している私自身への問いかけでもありました。

出版の反響は想像以上に大きく、しかもかなり好意的な反応でした。新年に入ると友人や知人が出版記念パーティをやろう、と言い出しました。そんな事、気恥ずかしいから止めてくれ、と最初、尻込みしていたのですが、「本を書き世に問う、ということはわれわれプロのモノ書きにとっても大事業なのです。取り分け処女出版は本を書いた本人が誰よりも嬉しいし、周囲の受け止め方も違ってきますよ」というジャーナリストのアドバイスを素直に受け止めることにしました。

高校のクラスメートだった島田晴雄・千葉商科大学学長や日ごろから親しくしていただいてる米倉誠一郎・一ツ橋大学教授らが発起人となってくださり、<仙石通泰著『社員の「1行報告」が会社を変える』出版を祝う夕べ>は2月26日夜、外国特派員クラブで開催の運びとなりました。
今回の画像は、お出でくださりました江田五月参議院議長と友人の島田晴雄学長です。

2008年03月24日

No.23 経営の最適化を考えるOptimization  デジタル文明の始まり②

出版記念パーティが2月26日になったのは、その日しか会場が空いていなかった、という単純な理由ですが、72年前のこの日に革新派青年将校によるクーデタがありましたね。その226事件とは何の関係もありませんが、ただ歴史は予期しない展開を見せます。経営の最適化とはデジタル革命と切っても切り離せません。いわば経営革命なのです。

このパーティは私にとって忘れられない夜となりました。ことの是非は別として正義感に燃えた若い将校たちが政治家と財閥の癒着、腐敗や深刻な不況に手を拱いていた重臣を非難し激しく変革を求めたことは否定できない事実でしょう。今の日本もまた出口なしの不透明な状況でデジタル革命が音もなく急速に進行し、変革を求めているのです。

「地味にしてね」という私の気持ちを発起人や準備の人たちに話していたつもりですが、当日は予期しなかった人々から豪華な花輪がどっさり会場に届き、いやがうえにも華やいだ雰囲気に包まれました。ロス五輪で金メダルに輝いた山下泰裕さんからの花はお出でくださった方々によく見えるように会場入り口に飾りました。

三技協の社員も初めての体験に心もち緊張している様子でした。島田(晴雄・千葉商科大学学長。同期の誼で呼び捨てをお許しください)と話し込んでいるところへ参議院議長・江田五月さんがお見えになりました。国権の最高機関の長が顔を見せてくださったのには訳があります。

三技協の創業者、私の父が江田議長のお父さん、日本社会党を指導した江田三郎先生と昵懇でした。その縁で江田三郎先生は私の結婚式に顔を見せてくださり、来賓として祝辞をいただいたのです。そして昨年10月12日、東京のホテルで「江田三郎没後30年・生誕100年を記念する集い」が開かれたとき、私も参列させていただきました。

江田議長は島田に会うといきなり歓談を始めたのです。旧知の仲でした。人の縁と絆を改めて実感しました。この日、江田議長は外国要人の歓迎祝賀会が議長公邸で開かれそのホスト役なのに、秒を刻むような多忙な中、お祝いに駆けつけてくださったのは感激でした。パーティには165人が参加、会場は超満員となり、活気溢れ和やかな雰囲気で進行しました。

島田とは慶応高校時代、私の名「通泰(みちやす)」を「ツウタイ」と音読みにする仲です。同期の中では誰をも寄せ付けないダントツの秀才で、しかも冷静、観察力の鋭い男でした。絵を描かせば天才です。私は劣等生ながら不良仲間を率いて威張っていました。秀才と不良が結構仲良しで、その島田が発起人代表として挨拶してくれたのですが・・・。

2008年04月01日

No.24 経営の最適化を考えるOptimization  デジタル文明の始まり③

出版記念パーティは米倉誠一郎さん(一ツ橋大学院教授)と塙野(こうの)ひろ子さんのコンビの司会で始まりました。冒頭、発起人を代表して島田晴雄・千葉商科大学学長が挨拶しました。前回も書きましたが、島田は高校生の時から「シマダ」「ツウタイ」と呼び捨てにする仲です。

「ツウタイは昔から俺は日本を変える、いや、世界を変えるんだ、と大言壮語していたのですが、どうも今回、ツウタイが三技協で開発したCyber Manualは大変な発明です。ツウタイを知る私にとっても大変な驚きです。あの、ツウタイが…、人間とは思わぬ進化を遂げるものだなあ、と。確かにツウタイが会社のスタッフと開発したOptimization というソフトの発明は間違いなく世の中を変えます」

不良で劣等生だった私が経営についての本を書いた。しかも先端技術を全面的に取り入れた革新的経営を具体的に実践した、という事実に対する優等生・島田の驚きが本音として飛び出したあいさつでした。「通泰」を「ツウタイ」と音読みで呼び捨てた高校時代の、昔馴染みの親しさを表現した島田のあいさつは、ざっくばらんの仲間の会を期待していた私にはとても嬉しかった。

周知のとおり島田晴雄は労働経済学の世界的権威で、慶応義塾大学大学院経済学研究科にて博士課程を修了後、米国留学しPh.D.(労使関係学)を取得、母校の慶応義塾大学経済学部教授として長年、教鞭をとり、東京大学先端科学技術研究センター客員教授、内閣府の特命顧問、富士通総研理事、テレビのコメンテーター、トヨタのCMに登場するなどマルチタレント的な学究です。第一次小泉内閣で民間から入閣を要請されたが、研究を優先したいため断った、という秘話があります。

「ツウタイの発明が本当に日本を変えることになるでしょう。しかも『1行で会社を変える』ことができる。すごいことです。大学というところは実際、内部コミュニケーションがなかなか取れないところで、ツウタイの会社が発明したソフトで大学経営を改善したい、取り入れたいと思っています。ぜひ皆さんにもお勧めしたい」

酒が入ってムンムンし歓談で盛り上がったところで米倉さんがジャーナリストの櫻井よし子さんをステージに呼び上げ一言。櫻井さんもスタッフ同士のコミュニケーションを取るのが難しく、事務所に掲示板を掲げたが、CMはそのウエブ版でとても大切な開発です、と強調されました。

2008年04月11日

No.25 経営の最適化を考えるOptimization  デジタル文明の始まり④

出版記念パーティを、という声が周囲から上がったとき、「そんな大層なこと」と尻込みしていた私ですが、多くの方々のご友情をしみじみと実感し、しかも私自身の思いのたけを仲間の皆さんがよくご存知なのだということをつくづく知らされた一夜となりました。

お笑いになるかも知れませんが、私は意外とシャイな性格だと思っています。ずけずけモノを言う割に自分のこととなると引っ込み思案になりかねない。でも周囲が背中をおしてくれたお陰で楽しいパーティが開けました。多くの友人知人に支えられて今日の自分がある、ということを改めて実感できました。

出版を実現してくださったのは、かんき出版社長の境健一郎社長ですが、あいさつで原稿の追い込みに入ったとき「仙石さんはもの凄いエネルギーで原稿を書きすすんでくれました」と話し、発売1か月で重版になったことを報告してくれました。

コンサルタントの世界では広く知られています倉重英樹さんが乾杯の音頭をとってくれました。倉重さんは現在、RHJIインダストリアル・パートナーズ・アジア社会長であり、知る人ぞ知るITビジネス界の大物です。

10数年前から知己を得て、いろいろご教示いただいた方ですが、3年ほど前、三技協のCyber Manualを見ていただいたらとても評価してくださいました。乾杯のあいさつでも「情報は伝達ではなくて共有するもの。情報の共有が「知」を生みます。その意味でこの仙石さんが開発されたCMは経営のプラットフォームです」とおっしゃった。

倉重さんご自身がお話になったことですが、このような「知の共有」による「見える化」の経営がIT技術により可能になる。近い将来、必ずそうしたIT技術を駆使した経営が主流になる、と語っていたことをよく覚えています。倉重さんの示唆が今日Optimization経営となって実現できたということの意味を改めてかみ締めている私です。

社外取締役をしているモースさんは「三技協のOptimization-wareはアメリカの大学のビジネス・スクール(経営大学院)が正当に評価してくれました。これはマイクロソフトよりIBMより凄い。日本の企業が21世紀にもう一度、国際競争力をつけたいと考えるなら三技協のOptimization-wareを使いなさい」と激励してくださったのもありがたいことでした。

2008年05月09日

No.26 経営の最適化を考えるOptimization  デジタル文明の始まり⑤

葉桜が眩しい4月14日、自民党の石原伸晃議員とお会いする機会をいただきました。社内誌『れいめい』のカバーストーリー、リレー対談の企画です。国会議事堂の裏手に建つ衆議院第一議員会館の7階に石原議員を訪ねました。

石原議員は小泉政権で行政改革・規制改革担当大臣、第二次小泉内閣の国土交通大臣を務められた実力派の政治家で、自民党内では幹事長代理、政務調査会長を歴任した若手のホープです。周知の通り石原慎太郎東京都知事のご長男で以前は日本テレビの記者でした。

ジャーナリスト出身の大変気さくな方で、慶応義塾大学の後輩、しかも少林寺拳法3段という武道家です。私も慶応大学時代、柔道をやっていたこともあって、お会いするなり打ち解け、なんだか同窓会の仲間のような気楽な会話となりました。

三技協という会社を簡単に紹介し、グループウエアとしてのサイバー・マニュアルによる経営の見える化を実践してきたこと、これからの社会では国家戦略としてのOptimization が必要ではないか、と自説を披露しますと石原議員はとても共感してくださり、霞ヶ関の官僚の話をされました。

「社内の状況や知識がウエブを通じて瞬時に分かる、ということは凄いですね。私が先輩の会社に実際に見に行って知り合いの大臣に話します。あなたの役所に導入したら…と言ったら役人のコントロールに四苦八苦している大臣はきっと飛びつきますよ」とおっしゃった。無論、社交辞令でしょうが、カンの鋭い政治家です。

実際にOptimizationを導入する、という話になりますと特に官庁では「でも、できません」とやらない理由をまず並べ立てます。私の話に石原議員も同意され、「新しいことをやろうとすると、官僚はあなたは大臣なんだからそんなこと言わないでください、と真面目に怒るんです」と大臣時代の経験を話されました。

小泉内閣が進めた行政改革、規制改革担当大臣であったこともあり、今の日本が直面している問題点をよく把握され、三技協のOptimization経営を高く評価してくださいました。「先輩のやってこられたことは『官』にとっては脅威なのでしょうね」と言われたことが強く印象に残りました。