About 文明が飛躍する時

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文明が飛躍する時 アーカイブ

2008年05月26日

仙石通泰ブログ27 Optimization 経営を考える「文明が飛躍する時」①

5月12日、久しぶりに中国へ行ってきました。北京空港に着いて日本へ携帯で電話したら、その直前に四川大地震が起きたことを知りました。犠牲者の数は日を追って増え続け、5月22日現在、確認された死者数が5万1151人、行方不明者も2万9328人に達し、合わせて8万人を超えたと中国政府が発表しています。

負傷者は約29万人、家を失うなどして避難している被災者は約500万人と数字を見ただけでも桁違いの巨大災害で、胸がつぶれる思いです。温家宝首相が地震発生直後に現地入りし、追って胡錦濤国家主席まで被災地に姿を見せたことでも大災害に立ち向かい、国民を救済する国家指導者の後へ引けぬ姿勢と決意が伺えます。

中国は日本からの救援隊を他に先駆けて受け入れましたが、発生から時間が経ってしまったため、残念ながら生存者を救出することは叶わなかったようです。しかし医療救援隊の活動は刻々と中国国内でもニュースとして報道され、日本の支援に感謝の声が高まっています。

何と言っても逸早い救援対策と力強い復興を祈り、期待したいものです。日本は可能な限り政府もNGOも支援を続け、この未曾有の地震災害がきっかけで日中友好や相互理解が進み、互いの信頼感が確固たるものとなれば不幸中の幸いといわねばなりません。

中国にはわが三技協の関連会社が9年前にでき、仕事でよく行きますが、今回のような非常時に訪れたことはもちろん初めてです。上海や北京などは経済成長を続け大国・中国のイメージですが、一方、近代文明から取り残された奥地の遅れた生活とのちぐはぐな状況を目にして本当に中国の指導者は大変だなあ、という実感がこみ上げてきます。

しかも今回の地震は内陸部の奥で発生、古い家屋が全滅した地域があります。余震で未だ危険は去っていません。被害の拡大はメディアを通じて知るのですが、国が大きいだけに緊急対応は想像以上に困難だろうと想像しています。震災から日も経たず、被災地が遠いせいか北京では災害の悲壮感とか緊張はあまり感じられません。

今回の訪中は、高梨智弘先生(日本総研)が会長をしておられる日本危機管理学会が中国の大学と共催した「日中危機管理学術交流セミナー」に招かれ、Optimization 経営について報告することが目的でした。なにしろ北京の名門・清華大学と上海で有名な華東師範大学という最高学府、学術研究の場でしたが、三技協のOptimization-wareには関心が集まり好評でした。昨年、アメリカとフランスのニースで発表した時とは違った雰囲気でした。

中国はもの凄いスピードで変わりつつある、というのが今回の訪中の実感で、この変化についていけるかどうか、IT革命で生き残ることができるかどうか、企業家として多くを学んだ旅となりました。

2008年06月09日

仙石通泰ブログ28 Optimization 経営を考える「文明が飛躍する時」②

北京・上海での「日中危機管理学術交流セミナー」開催時に、四川省大地震が発生することは予測するはずもありません。しかし、お伝えしなければならない事を携えてきた私は、プレゼンテーションにも力が入りました。

当然、質疑では四川大地震の進行中の救援活動に対する評価も議論の対象となりました。北京・精華大学のセミナーで、ある中国人の先生が初期救援体制について、「まず空軍が航空機を出動させ、空から被害の全容を観察すべきでした」といった批判を述べられたことはちょっとした驚きでした。

中国の最高学府の教授が政府の対応を批判したのです。以前の中国では考えられないことです。しかも私の知人の中国人が「政府批判をやると受けるのです。ですから正統な批判か、受けるための批判か、よく考える必要があります」と囁いたのが印象に残っています。

今回の中国のセミナーを通して見た私の観察は、やはり中国は急激に変化してきているな、というのが偽らざる実感です。経済の急成長が注目されていますが、中国社会が経済発展と同時に情報公開やIT革命への対処など大きく変貌を遂げようとしているのです。

ただ誤解していけないのは巨大な中国を日本と同レベルで考え、評価することです。今回の大地震は四川省を中心に広大に被害が広がりました。震源地の汶川県映秀鎮という村は人口1万人、死者7700人と伝えられています。村人口の8割近くが犠牲となりました。

マグニチュード「8」に修正された大地震の余震が782回(発生日から5月22日までの10日間)で、マグニチュード「5」以上の地震が27回。死者・行方不明者は8万6954人、負傷者37万4031人、家屋倒壊21万6954棟、被災者類計は4616万0865人(6月初め現在)という途方もない数です。

中国は14カ国と国境を接し、国境の総延長2万4000キロメートル、そのうち2000キロほど国境が不確定です。13億人の人口は世界最大、55の少数民族だけで1億2000万人いるそうです。未だ古来の生活様式を守る奥地の少数民族と世界の最先端を行く高度技術、上海の高層ビル群との落差はわれわれ日本人の想像を超えます。

しかしセミナーでの中国人研究者は私がこれまでに参加したどのセミナーや講演会のどれよりも真剣で、プレゼンテーションのスクリーンを凝視している姿は緊張感にあふれていました。私の話を陳潔華先生(華東師範大学教授、リスクマネジメント研究)が流暢な日本語で通訳してくださり、コミュニケーションにはなんの支障もありませんでした。

2008年09月02日

仙石通泰ブログ29 Optimization 経営を考える「文明が飛躍する時」③

残暑お見舞い申し上げます。 関東地方は、7月に入って真夏日が長く続き、取り分け暑い月でした。このBlogを書いております9月に入りまして、ようやく暑い日差しの日となりましたが、8月半ばからは今までと異なり、豪雨を伴う異常な気象現象が続きました。私達 経営者には、学生のような夏休みは難しいのですが、子供達には楽しみな夏に災禍が続いたことに心が痛みます。

本Blogが夏休み状態になっていたことをお詫びします。前回(28回)、中国の精華大学、華東師範大学と日本危機管理学会の共催で開かれた日中交流セミナー「組織運営と危機管理」でOptimization 経営について報告したことを書きました。

ちょうど四川省大地震が発生した直後に北京空港に着陸し、中国は非常事態でした。テーマからしてまさに時宜を得たセミナーとなり、生々しい被害の状況が話題となり、危機管理をめぐって中国政府の対応などが期せずして論議されたことは前回、書きました。

中国という国について考えます。史上最多の204カ国・地域の選手・役員1万6000人が参加した第29回近代オリンピック夏季大会が8月8日から24日の閉会式まで北京で開かれました。17日間のスポーツの祭典、世界のアスリートたちがスピードと技と美と体力を競いました。国家体育場で開かれた開会式、閉会式とも豪華、多彩な演出で華やかに彩られました。

心配されたテロも無く、国家の威信を賭けた北京五輪は大成功と言えるでしょう。チベット問題やデモ抑圧など自由と人権をめぐる政治に対する批判はありましたが、これは本Blogの趣旨に逸れそうなので別の機会に述べたいと思います。

大会で中国が獲得した金メダルは51個と五輪史上、最も多く、アメリカの36個をしのいで世界一となりました。政治大国であった中国が経済発展し、スポーツ大国となった現実は中国という国の変貌を物語る上で重要ではないかと考えます。

興奮の余波は覚めやらず、北京大会の成功で中国は自信を深め、さらなる発展に邁進するでしょう。世界は中国の動向に目が離せなくなっています。そして日本やアメリカと中国との経済関係はさらに緊密化するでしょう。チャイナ・パワーを実感した大会でした。

なにしろ中国文明は3000年余の歴史を有し、人口は13億人を超える世界最大の国です。日本との関係で言えば近代中国革命の父と呼ばれる孫文や文学者・魯迅は内乱期に日本へ亡命していたことがあります。毛沢東の共産革命の指導者、周恩来も日本に留学していました。

日本は古代から中国文明の影響を受け、近代日本になって不幸な戦争の歴史がありましたが、どの国よりも長く緊密な関係を続けてきたのです。その中国がいま、大きく変貌を遂げようとしています。その歴史のターニング・ポイントが今回の北京五輪ではなかったか、と考えています。

政治的にはいろいろ解決を迫られる問題を抱えながら中国もまたOptimization (最適化)を真剣に模索する時期を迎えています。危機管理セミナーで報告した私のOptimization 経営の理論と実践に、これまでのどのセミナーよりも真剣なまなざしと熱意を感じたことを改めて強調しておきます。

北京や上海の変貌を眺め、中国という大国を考えると遠くに巨大な地鳴りを聞くような、歴史の変化の響きを実感します。それは文明が飛躍する瞬間なのではないか、と私は考えてみました。

*画像は5月に訪れた北京国家体育場(鳥の巣)です。当時、周辺部の土木工事等はまだまだの状態でしたが、一ヶ月半後には正式に竣工しています。

仙石通泰ブログ30 Optimization 経営を考える「文明が飛躍する時」④

8月12日、ロサンゼルスで日本語テレビ・JATV主催のシンポジウムに招かれ、Optimization 経営について問題提起する機会を得ました。ロスには昨年2度行き、現地の日本企業経営者やビジネスマンらと議論したことは本Blogの冒頭に書きました。今回はシンポジウム形式で私が基調報告を行い、パネリストと参加者が議論しました。

ロスの日系ビジネス社会は、お盆前の夏季休暇ムード一色でしたが、にもかかわらず50名の経営者やビジネスマン、政府関係者らが集まり活発な討論となりました。パネリストに私とロナルド・モース博士(三技協取締役)、アーバインでソフト開発をしている山口裕久氏の3人で、Optimization というコンセプトとその可能性についてそれぞれの見解を述べました。

すでに何度も書いてきたとおり、これからの経営、取り分けグローバル化が進行している国際経済社会で企業がサバイバルしてゆくには「知の共有」による部分最適と「個人知」を「集団知」に蓄積し、「見える化」を図ることで、全体最適を促進してゆくことがキイワードであることをDVDとパワーポイントで説明しました。

社員一人ひとりの多機能化についても例をだして説明しました。会社の文書、内部情報伝達、研修、経理処理、問題発生の現場報告、その処理方法、自己研鑽の方法や結果などをすべてウエブに載せ、従業員なら誰でもアクセスできるようにしたのがCM(Cyber Manual)であることは既述しました。そしてこのCMとPBT(Performance Break Through)を使って、問題提起→問題の解析→再設計による最適化提案へ社員自身が取り組みます。

モース博士や山口さんは私のOptimization 経営について、それを理論化して普遍的な経営論となる可能性について具体的に指摘してくれました。私の問題提起とパネリストのコメントが終わると後半は会場の参加者との質疑応答です。

やはり集中した質問は「Optimization 経営は分かったが、実際にそれを導入すると従業員の中にはついてゆけない者がでてくるでしょう。組織は分裂してしまわないか。社員の反発は無かったのか」という点です。私は「反発はあったし、辞めてゆく者もいました。それは会社の体質を変えてゆくとき、避けることができない問題です。しかし反抗勢力にはPositiveな反抗とNegativeな反抗があると思います、企業では先者は大切にしなければなりません。そこにOptimization 経営の意味があるのです」と応えた。

さらに質問が出たのは「暗黙知」のOptimization化です。例えば職人的な技は、言葉で説明するのは難しいし、まして「見える化」は至難です。高度の技は職人の長い経験から身についた個人の人格内部に備わるもので、それを他人に見えるようにすることができません。

私はその指摘をもっともだと思います。私が強調している「集団知による見える化」とは業務の80%でよしとして、100%ではありません。職人的な洗練された技を要する部分は高度な技を持っている人に任せれば良いのであって、全部、「見える化」を実現できなくてもいいではありませんか。しかし個人の内側に在る感情や芸術的表現などは移転できませんが、技術の殆どが「見える化」が実現できます。このようにOptimization 経営を進めることは、非常に現実的なことなのです。

*画像は、LAで出演させて頂いた「ブリッジUSAラジオステーション-加賀崎 雅子の「ニュースまったなし!」での収録シーンです。加賀崎さんには今回のシンポジウムの話題も放送して頂き、その番組を聞かれて御来場頂いた方もいらっしゃいました。

2008年09月25日

仙石通泰ブログ31 Optimization 経営を考える「文明が飛躍する時」⑤

LAでのシンポジウムの翌日、サンフランシスコへ飛びました。主宰者のジャーナリストが「Googleキャンパスを覗きに行きませんか」という誘いに乗ったのです。新社屋建設のレイアウトが話題になった時、Google Campusは一見の価値がある、というのです。

もちろん誰でもキャンパス内に入れるわけではありません。GoogleはMountain Viewというシリコンバレーのど真ん中に位置する町にあり、ビルだけで10数棟もあります。Amphitheatre Parkwayという通りを走るとGoogleのロゴが張り付いたビルだらけです。

どのドアも電子的にロックされていますからGoogleのスタッフを訪ねる、ということでないと内部に立ち入ることはできません。いま、もっとも革新的、先鋭的と言えるシリコンバレーの中心地に勃興したIT企業Googleのキャンパスはもう驚嘆の連続でした。

24時間、いつ出社しても退社も従業員の勝手です。勤務時間は自由で、従業員個人が決めます。構内20箇所のレストランで1日3食すべてタダ、食べ放題。ドリンクやフルーツはどこにも置いてありもちろん無料です。オフィスは、まるで遊戯場の雰囲気でした。

仕事に飽きたらビーチバレーもできるしフィットネス・ルームに行って体を鍛えてもいい。実際、ビーチバレーで遊んでいた場に創業者のひとりがいました。Googleの創業者はLawrence Larry PageとSergey Brinと言い、二人ともスタンフォード大学の同級生で、1973年の生まれですから35歳と若い。

それがGoogleのキャンパスでした。構内をガイドしてくれたN君は29歳で、200人のグループ・リーダーです。アイビー・リーグの一つ、M大学のコンピューター・サイエンスを卒業してマイクロ・ソフトに入社。シアトルの本社でソフト開発のSEとしてスタートを切ったのですが、2004年Googleに移ったそうです。

N君が入った2004年はGoogleが株式を公開した年でした。本社キャンパスには800人くらい。それが今では1万人(全世界ベースで2万人)。スタッフの80%がPh.D.(哲学博士)か、MBA(経営学修士)取得者だそうです。米国はもとより世界の頭脳が集まっています。

ロシア人、インド人、中国人、韓国人など多人種多様社会ですが、日本人は極端に少ない。正確な数字は企業秘密ですが二桁の下の方。「日本人は英語が話せない人が多いから採用されません。それにソフトの開発能力や技術力のレベルが低いのです」と意外な評価でした。

20代で年収20~30万ドル(2000万~3000万円)がいて、しかも責任の重さによってストック・オプションがあります。Googleの株価は公開時して2年3か月で6倍になったからシリコンバレーの高級住宅地に豪華マンションを買い、自動車はベンツかBMWが多い。

まるでシンデレラ物語の現代版の様相ですが、もちろんGoogleが順風満帆というわけではありません。最近に株価は下がり気味、従業員の食事をタダ、というのを見直す、という記事を見ました。

2008年10月30日

仙石通泰ブログ33 Optimization 経営を考える「文明が飛躍する時」⑦

ぼくら一行はGoogleの中堅技術者(といっても未だ30歳の若者ですが)N君を訪ねました。「Googleのキャンパスを見に行きませんか」と誘ってくれたジャーナリストの友人の息子さんで、日系二世です。メールで指定されたビルに行ったのですが、受付に誰もいない。

携帯に電話してもメッセージが満杯で繋がりません。途方にくれていると女性が通りかかったので「N君とアポがあるのですが・・・」?と訊くと「ちょっと待って」とオフィスに探しに行ってくれました。話を傍のソファで聞いていた女性がパソコンでN君にメッセージを送ってくれたらしい。

「N君、すぐ来るわよ。メール送ったら『今、行く』って返事あったから」玄関のソファで数人がノート・パソコンを膝の上に乗せてモニターを見つめています。誰も無言でキイを叩いています。後で分かったのですが、その人たちもGoogleで「仕事」をしていたのだそうです。

スタッフのデスクはありますが、どこで仕事をしても、何時休んでも、遊んでいても各人の自由なのだそうです。N君のオフィスを見せてもらったのですが、狭くてデスクとパソコン以外なんにもない。何時間もサイバー・スペースに入り込んで仕事をしているとストレスを感じるのでしょう。別の空間で気分を変えたいのかもしれません。

Googleの世界はなにか雑然として、組織性とか統一性が感じられません。オープン・スペースに抽象のオブジェが並んでいたり、パソコンで描いた絵や写真が展示してあったり。子供の遊びのようなスペース、どうも表現しにくいのですが、大学の雰囲気と幼稚園の遊戯場が混ざり合ったような実に妙な不思議空間といった印象でした。

「ソフト開発は徹底的にクリエイティヴな発想が必要です。ですからスタッフの“閃き”が大切です。人間、自由でないと新しい発想、閃きが出てこない。ぼくらはそんな気分で仕事をしているのです」

閃いたらそこですぐ、パソコンにアイディアを打ち込んでみるのだという。実直なN君の説明に納得したような、できないような気分でした。ある建物のロビーのような空間に70インチくらいの大きなパソコンのモニターがありました。モニターは画面いっぱい宇宙から見下ろした地球を映し出しています。

この地球上のあらゆる情報をデータベース化し、検索できるようにする~という冷静に考えてみれば空恐ろしいことを実際に実現しようとしているのがGoogleという企業なのです。例えばですね、とN君はモニターの地球儀にマウスを当てて動かし始めました。

「これは全世界の女性の就労比率を表示しています。これを見ますとどの国が女性の就労度が高いか低いか、すぐ分かります」Googleのデータ検索技術で、世界各国が公開している公的情報を刻々、計算して比較表示している実例を見せてくれました。

バーベギューの光景に出くわしました。雲ひとつ無いカリフォルニアの空、まるでピクニックのような気分になります。焼いた肉をもらって野外のベンチに腰掛け、Googleの社員になったつもりでバーベギューをいただきました。

Googleのキャンパスで目撃した光景はIT革命が行き着く先の企業のありうべき姿を先取りしているのか、それともGoogleという特殊な会社だけの特殊な経営思想によるものなのか、私には判断不能で複雑な感慨を覚えました。

2008年11月20日

仙石通泰ブログ34 Optimization 経営を考える「文明が飛躍する時」⑧

Googleキャンパスを訪れ、その革命的経営思想を目の当たりにして触発されるものはありました。基本的にGoogleの経営者は世界中から最優秀の人材を一手に集め、快適な職場環境を提供し、そこから世界一、だれも追随できないような優れた技術をさらに開発して行こうということなのでしょう。
その結果はGoogle EarthやPicasaのように、思いつくけれど誰もやっていない(実現できなかった)ような無料サービスが、ある日突然Googleからリリースされることからうかがうことが出来ます。

従来の「人事管理」という考え方を完璧に棄てきっています。経営側は開発戦略を示して後はすべてを現場スタッフに任せる。そしてスタッフが開発する結果から優れた技術を採用してGoogleが提供するシステムに組み込んでゆく。徹底的な結果重視でスタッフを評価するという経営思想なのです。

30歳のN君の待遇を聞けばまず日本の企業ではありえないほど凄い。それに見合う斬新な発想、閃いた鋭いアイディアでソフトを開発してゆく実行力が伴わないと競争からドロップせざるを得ません。そのプレッシャーはまた想像を超える厳しさであろうことはN君の言葉の端端から伺えました。

Googleの経営に翳りが出てきた、と思わせる記事がNew York Times紙に出ました。2008年7月5日の同紙のwebsiteはJoe Nocera記者の「On Day Care, Google Makes a Rare Fumble(デイ・ケアで珍しく躓くGoogle)」という記事が掲載されました。Googleは社員の幼児のデイ・ケア・サービスを見直し、費用を倍額にすることを検討している、という観測記事です。

しかもこの記事のよるとGoogleの株価はピーク時、2007年11月、740ドルだったのが、記事が書かれた2008年7月の時点で490ドルと43%も急落、ダウ・ジョーンズの平均株価の値下げ率17%より下げ幅が大きいと指摘しています。

2004年の株式公開後、IT業界の革命児・Googleの進撃は並みいるITベンチャーを圧倒し、公開後わずか3年で8.7倍に急伸し、Micro Softに迫る成長で注目されたことは本Blogで先述しました。そのGoogleに翳りが見え、株価が下がってきた。

食費無料、構内にスポーツクラブ、出産支援、育児援助、洗車、オイル交換設備など注目された従業員の優遇政策を全面的に見直す、というNY Timesの記事は大きな反響を呼んでいます。そしてこの社員厚遇政策を止めたら優秀な社員が流出するかも知れないと暗示しています。

2年連続で『Fortune Magazine』が、”Best Company to Work For(就労最優良企業)”と評価したGoogleが輝きを失いつつある、というNY紙のコラムは厳しい開発競争で鎬を削る最先端技術業界の凄まじさを実感させるものがあります。Googleキャンパスを実際に見てきた直後だっただけに考えさせられる記事でした。